サブローのメモ帳(仮)

駆け出しライターが書く練習として思いついたことを独断と偏見満載に語っています。ご連絡はracoon3buro@gmail.comまで。

ノーミュージック、ノーライフ。まさに。

私は、中学時代、高校時代、学生時代…と、区切られた時期を抜け出すと途端に思い出すのが嫌になるくらいの黒歴史に思えてしまいます。

実際自分としては、あれはなかったこれはなかったと自分の行動が恥ずかしいことに思えて、黒歴史の塊のような気持ちなんですが。

卒業すると一斉に恥ずかしさやいたたまれなさが襲い掛かってきます。

 

そういうわけで、その時代を思い出すものにはその後積極的に触れられなくなるんですが。

先日、当時聞いていたMDを気紛れにひっくり返して色々聞いてみるというチャレンジをしてみました。

当時好きで聞いていた曲は、当時の思い出と結びついていて、聞くと思い出せる…と聞いていたので思い出し恥ずかしくなる覚悟を決めていました。

でも驚いたことに、思っていたより思い返してつらくなりませんでした。

なにせMDにどんな曲を入れていたかもほぼすべて忘れていたくらいだったので、とにかく色々忘れてしまえたようです。

それもそうです。もう10年経つんですもの。

 

ついこの前まで思い出してつらい気持ちになっていた感覚があるのですが、いつの間に忘れてしまえたんでしょう。

なんだかスッとしたような、解放されたような、さみしさがあるような。

 

まだまだ思い出してつらくなる記憶で埋もれていないものも急に夢に見るものもたくさんあるのですが、今回みたいにいつか忘れてしまえると思うと、つらさが多少薄らいで、生きる勇気とでも呼ぶべきものが湧いてきます。

10年経てば忘れられる。

 

中高時代、当時は「忘れる」ことが嫌で怖かったりもしたんですけども。

「忘れる」ことが出来ることは、やはり生きていくうえでとても大事ですね。

 

ただ、曲も記憶も全て霧の彼方ということもなく、この曲好きだったとか、これは誰に借りたCDだったとか、そういうことを思い出すこともできました。

嫌な記憶と一緒に忘れてしまっていた優しい記憶です。

どのごはんがおいしかったとか、誰と誰と一緒にトイレで馬鹿話して休み時間を潰したとか、友人とお腹がよじれるほど笑ったのはどんな話題だったろうとか。

大人になったら忘れてしまうんだろうなと当時思っていたようなこと。

その通り、大人に――本当になれているのかと聞かれるとうつむいてごまかしてしまうところなんですけれども――なってすっかり忘れてしまっていたことです。

 

サヨナラの挨拶と同時に教室を飛び出すような帰宅部で、部活もしなければ学祭でみんなと盛り上がるのも避けがちだったり、受験のために遅くまで学校に残って友達と切磋琢磨しなかったり、絵にかいたような青春とはほど遠かったと今までは思っていました。

でも今、当時聴いてた曲を聴いて、忘れるべきことを忘れて、忘れすぎていたことを思い出して、改めて考えてみると、それでもやはり青春だったんだろうなと思います。

制服を着て、音楽を聴きながら横断歩道の信号待ちをしていた、あの空気の香りは今はもうありません。

 

そっかー、と。

 

音楽が与えてくれるものを見つけたお話でした。

ふーんノーミュージックノーライフね、へー…と思っていたのを改めます。

まさに、ですね。