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サブローのメモ帳(仮)

駆け出しライターが書く練習として思いついたことを独断と偏見満載に語っています。ご連絡はracoon3buro@gmail.comまで。

たまには進歩した点を振り返ってみることも大切という話

定職について、毎日しっかり働いている人々に囲まれています。

当然です。世の中の大半の人はそうだから。

そうすると、不定期に稼ぎを得て、金銭面でも身体面でも助けられながらなんとか生活している人間としては、頻繁に精神的に苦しくなる時があります。

何をやってるんだろうと。

以前は、本当に何をやっているんだろう、どうして普通のことすら出来ないんだろうと思い詰めることも多々ありました。

ただ、それでは今の状態すら続かなくなってしまいます。

だから、定期的に、亀の歩みでもいいから進歩している点というのを考えることにしています。

そして考えてみると、思っているより大きく進歩しているのです、これが。

 

まず、まだ健康とは言い切れないんですが、中学卒業くらいまでは毎年入院していたのが入院まではいかなくなりました。これは大きいですね。

年に2,3回は風邪をひいて高熱を出していたのも、年に1回くらいになりました。高熱の半分くらいの熱は出る頻度高くなったけど。その程度ならセーフと考えます。

足の炎症とか喘息とか、その他持病でマラソン大会は毎年見学してたのも、同じくらいの距離なら散歩できるようになりました。今は8キロほどならいけます。これも大きいです。

アレルギー…は少し悪化したり反応するものが増えたりしてるけど、対処方法が身についてきました。

持病は……進歩してない部分が見えてきたので違う面に目をそらすことにします。考えなかった振りも大事です。

 

洗濯物をかごに入れたまま乾かしてしまうようなものぐさも、かなり改善しました。

棚の配置がめんどくさいところにあるおかげで棚に戻すまでは行かないことも多々ありますが、洗ったらすぐ干して取り込んで、畳むところまではやってますからね。文化レベルは上がってるでしょう。

掃除だって、交換式の掃除道具のおかげで頻度が大幅アップしましたし、掃除機だって使うようになりました。音が大きいからなるべく避けたいけど、掃除機使わないとどうしようもないときは躊躇しなくなりました。これも大きな進歩。

 

締め切りだって守れるようになりました。恐ろしいほどやる気のかけらもなくて、締め切りというものが苦手どころではないという子供でしたが、今ではしっかり期限前に提出できます。

これはただ自分のコントロールの仕方を覚えただけですが。

逆算法、いいですよ。

作業に必要な最低限の時間を考えて書き出し、この日には手を付けないと物理的に時間が足りないという日を割り出します。そして、丁寧に作業をしたいならさらにどれだけ必要かを考えて、各作業の段階を細かく表で作ります。

毎日、作業を進めたら表を埋めていって、定期的に進捗をチェックし、スケジュールを組み直すというやり方です。

単純だけど、これが結局一番でした。

 

もの書きの仕事も、大きな仕事は全然ですが、以前よりはお仕事させていただけることが増えました。

応募しても応募してもガンスルーだったのが、応募した5件に1件は書かせてもらえるくらいの状況です。

うれしいことに、お声かけいただける機会も増えました。本当にありがとうございます。

残念ながら体調の問題や条件が合わずにお断りさせていただくこともあって、非常にもったいない気持ちです。申し訳ない。ありがとうございます。

 

書き出したことの大半は、人からしてみれば全然進歩ではないような進歩です。

そもそも人は風邪をひいても高熱を出さないことが多い、と初めて知った時はかなりの衝撃を受けました。

色々な面で、もともとかなり遅れたところにいるんだと自覚したとき、とても歯がゆい思いをしたものです。

でも、無理に足並みを揃えようとして引きずられて削れていく方がつらいし後々が大変ということは、もう嫌というほどわかっています。

無理をしない程度に、少しずつ頑張り続けるしかないのです。

そして頑張るためには、出来るようになったことを考えてみるのはいいことだなと。

人と比べるとダメダメでも、以前のダメダメよりはマシなダメダメならまだ希望が持てるじゃないですか。

 

今は、役に立つかわかりませんが、資格を1つ取ろうと考えて勉強中です。

資格自体はもしかしたら役に立たなくても、勉強した内容は絶対役に立つだろうと。

無理をしない程度に、精進です。

知り合いの知り合いとの合流が苦手か否か

人見知りにもいろいろな種類がある、とはSNSではもう常識のようになってきています。

人見知りという言葉通りに、知らない人にはもう最初からカッチコッチになってしまって、それが何回か会ううちに段々とよくなっていくタイプ。

初対面の人には問題なく親しやすいくらいの態度で接することが出来るけれど、もう一回会うとそこから人見知りの地が出てくるタイプ。

初対面にもそこそこ緊張するけど、いつまで経っても緊張がなくならないタイプ。

もっといろいろなタイプがあって、それが混合してぱっと見は人見知りだと思われない人も相当いそうです。

 

私も人見知りをします。

初対面はそこそこ問題なく流せるけれど、次から会う時から気が詰まってしまって喋らなくなります。しかもその緊張とか警戒が5年くらい続くタイプ。

毎日見かけるような相手だったら3年くらいでしょうか。

基本的に人間関係って3~5年で入れ替わっていくことが多いので、もう全ー然打ち解けられないまま、もしくは少しずつ慣れてきたくらいの時に振り出しに戻ります。

人見知りこじらせてますね!

 

そんな中でも、興味深い話題を見つけました。

「知り合いの知り合いとの合流が苦手か否か。」

私の友人にもひとり、いつまで経ってもある程度の緊張をなくせないタイプの人がいます。

その人は、知り合いの知り合いとはなるべく合流したくないと言ってました。

大体のヒトミシラーはそうでしょう。

人見知りじゃなくてもちょっと構えることでもあります。

だって知らない人だし。

仲介する知り合い自身とは合ってても、こちら側と合うとは限らないのですから。

「違う知り合いの人も一緒になるんだけどー…」という話が出ると、なんとなく少しだけ空気が青みがかるような気がするものです。

 

でも、私はそんなに苦手でもありません。

 

そういう状況になるときというのは、おそらく両者の知り合いがその人の都合や希望によって引き合わせるものだと思います。

向こう側が嫌がってるのを知り合いに無理に引き合わされるようなときは私も苦手なんですが、向こう側が特に問題ない場合は平気なんです。

むしろ、向こうがちょっと構えちゃうけど少し話せば大丈夫かも、くらいの状態でも行けます。

私が初対面では問題ないタイプだからかもしれませんね。

そこからSNSでつながったり、そこそこ交流するようになれば、2度目からの人見知りも軽度ですみます。

4、5年くらい猫かぶっちゃいますが。

 

どうでしょう。

この記事を読まれたご自身やお知り合いのヒトミシラーは、知り合いの知り合いとの業流、苦手そうでしょうか?

意外といけそうなのでしょうか?

少し観察したり、話題にしてみると、面白いかもしれません!

 

”同一人物”と猫で言いたい場合はどうしたらいいのか。

われながら素晴らしいと思えるようなネタは全然思いつかないのに、くだらないことはいくらでも頭に浮かんでくるものです。

せっかくなので少しすさんだ心を適当に癒すために調べて考えてみました。 

 

人であれば”同一人物”という言葉で表される状況を”猫”について表現したい場合はどのようにすればよいのでしょう。 

小説などでは大体「本当に同一人物なんだろうか…猫だけど」「本当に同一人物…いや猫物?なんだろうか」のような書き方をされていることが多いようです。

でも猫物というのも、なんなのか。

 

人物という言葉を調べてみると、下記の通りの意味があるようです。

 

岩波書店広辞苑第六版より】

1.人。人間。人類。

2.人がら。人品。風采。

3.役に立つ人。すぐれた人。人材。

4.人と物。人と他の生物。万物。

 

明鏡国語辞典より】

1.(描写・言及などの対象としての)人間。人。

2.人柄。ひととなり。

3.才能・人格などの優れた人。

 

引き出しの中に10年ほど眠っていた電子辞書を引きずり出して調べました。

ちなみに、ものすごく久しぶりに開いた電子辞書は、電池から何か漏れ出していてサビなのか漏れたものが固まったのか、裏面が粉を吹いているような状態でした。使わなすぎて壊れてしまっただろうか高かったろうに、と当時買ってくれた親や資源への罪悪感他ちょっとした感情ーー主にマイナスの方向のーーをもって掃除して電池交換して電源を試しにつけてみたら、なんと問題なく動いて感動しました。

ありがとう日本の技術力。

 

しかしなんとも、調べてみたらむしろわからなくなってしまいました。

人の中身についての言葉のようです。

 調べてる中で恥ずかしながら知らない単語「人品」「風采」が出てきたのでついでに調べたところ、「人品」は人の品位、「風采」は人の身なりなどの見かけのことだそうです。

また、風采は否定的に評価する際に使われる言葉だそうで。

勉強になりました。

 

こうして「人物」という言葉を調べてみると、猫ひいては人間ではないものを「人物」という言葉らしく表すというのは使う人間と受け取る人間のセンスによる部分が非常に大きいのかと思えてきました。

基本的にそういうものなのでしょうけれど。

 

息抜きでは済まなくなってきたので、今日のところはひとまずこれで思考中止することにします。

こういう適当なネタも、すぐ自分一人じゃ簡単に結論を出せないような方向に走っていってしまいますね。考え事って難しい。

 

 

メリット×メリットがうまくいくとは限らない

メリットとメリットをかけ合わせればもっといい効果があるというわけではないのです。

大したことではないんですが、開発にかかわる人たちは大なり小なりこの問題に悩まされながら解決していってるんだと考えて感心しました。

 

私は字を書くことが苦手で、コツを押さえて丁寧に書いてもうまく書けません。

ふと学生時代にペンの動かし方のクセについて教授が雑談していたのを思い出して、改善してみました。幼少期に左利きから右利きに矯正した人間は、右手でペンを持ち文字を書くとき、内側に内側にと力を込めていってしまうという話です。

うまく字を書くコツを調べて持ち方を考えてみても間違った持ち方はしていないのでどうしたものかと思っていましたが、確かに動かし方にはクセがあります。内側に巻き込んでいかないように、小指を開いて親指をなるべく外に出すように。

すると、巻き込んでいる状態の字とは違う字が書きやすくなりました。

 

うまくいったので、ここで更にもう一工夫でもっと安定して書けるようにしたいと考えたのです。

簡単な工夫として、書く道具を変えてみよう。

文章を書くとき、クルトガが便利です。芯が削れるのに合わせて本体をくるくると回さなくてもいい、これが結構助かります。だからクルトガを使って丁寧な文字を書く練習をしてみようと思いました。ついでに気のせいレベルの話ですが、より滑らかに書ける芯も入れてみました。

 

そして文章を書いて練習してみたのですが…なんと書きにくい

残念。ステータス上昇効果を重ね掛けしてどんどんステータスアップできるのはゲームの中だけのようです。細さとグリップの滑りのよさがあまりよくない。思い通りにペン先を動かせない。

 

もちろん、字が上手な人が使う分にはまったく問題ないんでしょう。もしかしたら、クルトガは勉強や執筆なんかで上手さに関係なくすらすら書いていくことに特化したシャーペンなのかもしれません。

まだ字が安定しないしばらくの間は、丁寧な字を書きたいときは普通に持ちやすい太さのシャーペンを使うことにします。

鉛筆で書くのも好きだし、鉛筆でもいいかな。鉛筆はやはりうまく書けるほうの道具だと思います。持ちやすいし疲れにくいし。削るときに尖らせすぎてしまうと字の太さが安定しないので、そこは気を付けないといけないんですが。

 

 

 

 

熱したフライパンに液体を入れる

調理中の好きな動作、ありますか?

 

私はフライパンで何か焼いているときにお酒や水などを入れることが好きです。

ハンバーグやソースにはワインや水、餃子には水。

野菜炒めに醤油を垂らすのも好き。

 

熱したフライパンに液体が入ると、瞬間でじゅー!と大きな泡をつくって沸き立ちます。

それが好きで、餃子を買うときは水すら不要の楽な商品ではなく、わざわざ水が必要な商品を選んでしまいます。

餃子の羽は特に琴線に触れないので、片栗粉を溶いた水はあまり使いません。

羽がうまくできたとき、皿に盛る動作できれいにフライパンから剥がれるのはすきですが。

 

沸騰している様子を見るのが好きなんでしょうか。

灯油ストーブに乗っているやかんのふたをはずして見ることも好きです。

大きな泡が下からブクブクと出てくる様子に感じるものがあるのかも。

 

 

日本もチップが当然になればサービス業も潤うのか

プレミアムフライデーの導入について、実際に恩恵にあずかれるのはほぼ公務員で、大半の人は意味がないのではないかという話をよく見かけます。

わたしも実際そうだと思います。

 

ではどうしたら働く人々がもう少し余裕を持てるようになるんでしょう。

 

いつも、世の中余裕がどんどんなくなっているなあと感じています。

でもこれ、政府の政策だけでどうにかなるようなものでもないんじゃないでしょうか。

経済とかそういう部分には疎くて、あまりよくは理解していないんですが。

政府がどうにか工面する金額より、お金を使わずため込んでいる国民が持っている金額のほうが大きいという話も耳にしたことがあります。

だから、これも考え方の問題で、国民が少しずつ意識して変えていく方が政策を打ち出されるより重要なことなのでは、と考えてみてます。

分からないですけど。

 

某ネット通販サイトの影響で某宅配便会社がとうとう荷受けの制限を求めるということもつい最近ありました。

サービス業は特に今ギリギリのパンパンな印象があります。

ではどうしたら、プレミアムフライデーでもまた忙しくなってしまいそうなサービス業、特に実際サービスを提供して消耗する店頭の人々に少しでも余裕を持たせられるのか。

日本もチップ制になればいいんじゃないのでしょうか。

出来るかはわかりませんが。

 

きっとこんな考えもあらゆる場で出てはいて、でも実行や浸透が難しいというだけなのかもしれません。

そりゃ出来るかよって話ではありますがね。

出来る限り安く安くっていう傾向がどうしてもありますから、店員に上乗せで払うなんてっていう人々もとても多いんだと思います。

 

質の高いサービスを激安で求められて、少しの失敗も許されず、客の機嫌が悪ければ理不尽な馬頭すら受けることもある。

マニュアルも厳格で、型にはまれないけど必死で頑張って、それで余計に消耗しているという人も少なくないでしょう。

 

どうにか出来ないかな。

 

 

 

負けたような勝ったような

平々凡々に日々穏やかに過ごしていけたらそれが一番なんですが、そうはいきません。

今日も結構嫌なことが起きてしまいました。

生きて人とやり取りをしている以上、仕方がありませんね。

 

初めから話す気はないけど体裁を整えるためだけに一応対応はします、という方とお話しさせていただきました。

話す前から結構ひどかったんですが、まあ態度の悪かったこと。

例え馬鹿にしてようが話す気がなかろうが、ため息とか鼻で笑うとか態度に出してはだめでしょう。

こちらから切り上げたらさらに悪者にされてしまいそうだったので、思わず適当に続けて切り上げられるのを待ってしまいました。

態度が悪いという烙印を押されて同じ土俵に立つくらいなら、使えないやつと馬鹿にされている方がマシです。

というか、初めから話す気がないならさっさと終わらせてくれてもよかったんですが、結構グダグダ喋ってはくれたの、何だったんだろうな。

今思い返してみると、一応喋ってはくれてありがとうと思ったり、そのあたりあの人も対応し慣れてないところがあるというか、幼稚さを感じ取れてしまったり。

こういうことは勝ち負けじゃないですが、負けたような勝ったような不思議な気持ちです。

 

昔はこういう人たちとも無理に付き合って自分もこうならなきゃと思ってましたが、違うんです。

どう頑張っても合わないんです。

合わない人や合わせる気が一切ない人とはどう頑張っても合わないんです。

その逆で、頑張って探せば数は少なくても合う人はいるんですね。

 

対人で嫌なことがあったら、合わなかったなー、で済ませられるようになってきました。

こいつ嫌な奴だ!という怒り他からくるストレスによる動悸はしばらくありますけどね。

自罰的だった時期は、そういうストレスに加えて自分がいけないんだってさらに委縮もしてしまってもう大変でしたけど、ずいぶん冷静に(そして図太く)なったものです。

 

合う人に囲まれて穏やかに過ごせる日はくるのでしょうか。

合う人に囲まれてといってもイエスマンに囲まれたいわけではないから、ちょっとわがままなんですが。

目指して頑張っています。